物のこころ  「モミジと手ぬぐい 」  …  とき川の小物屋さんのお話

 ときがわホースケアガーデンがある、ときがわ町には、きれいな景色の場所や素敵なお店がたくさんあります。今回は、そんな景色に魅せられてお店を始めたおじさんから聞いたお話です。

 

 30年前のある日、おじさんは秩父からの帰り、都幾川村(現在ときがわ町)を通りかかりました。都幾川の川沿いの道を車で走っている時、美しい景色に出会いました。

「こんなきれいな所でコーヒーを飲んだらおいしいだろうなあ。」と夢見るように、川に映る光をながめていました。

夏の都幾川、冬の都幾川


 「60歳になったらここで茶店をやりたい…」 おじさんの夢はかない、その場所のすぐ向かい側の古民家を借りることができました。

 おじさんは、現場に泊まり込んで、カウンターを作り、竹で照明器具を作り、工夫しながら自分の手でお店を作っていきました。おじさんは今ここにある物を生かして作ることが大好きです。

 「ここで水出しコーヒーと、地元の人が作った小物を売る店にしよう。」 

 お店の名前を「とき川の小物屋さん」に決め、遠くの町でやっていたカフェを閉じて、ときがわで仕事を始めることにしました。

 

 


 小物屋さんの水出しコーヒーは、8時間かけて一滴一滴ていねいに落としています。その味はすっきりと気品があって美味しい、というだけでなく、グラスを手に持って光に透かして見ると、透明なコーヒーが周りの景色の緑に映えて、赤く美しく輝きます。水出しコーヒーの香りと、都幾川の自然が放っている気とが一体になって、「いただきます」という心がわいてきます。かき混ぜないでそのまま静かにそっと飲むのがおすすめです。

 メニューは季節ごとに他にもいろいろありますが、冬の寒い日には、夢のように生クリームが飾られた暖かいココアもあります。

 

     

 

  お店を始めてから十年の月日が流れました。ときがわを訪れる人のために大切にコーヒーをいれる毎日の中で、ある日、おじさんは森が呼んでいるような気がして振り返りました。耳を澄ますと、風にのって森がささやく物語が聞こえてきました。

 これはそんな物語の中のひとつです。このお話に心ひかれたお店のお客さんが美しい点描の絵をつけてくれました。


  「モミジと手ぬぐい」紙芝居が始まります。手ぬぐいの心は、おじいさんに届くでしょうか。 


 森がささやく物語…

モミジと手ぬぐい  文・夢気球  画・加藤眞人

とある 山の中ほどに、 下の村からも見えるほどの 大きなモミジの木がありました。 

枝をいっぱいに伸ばして、その先が いまにも地面にとどきそうな りっぱな、 でもやさしそうな木でした。    


◇◇◇



ある日、村の年寄りが山へ上がってきて モミジを見上げながら

 「こんなに枝を伸ばして、さぞかし重かろうに。これじゃー 根もとに草も生えん。」

たしかに 大きなモミジのまわりには  お日さまがあたらないせいか、ろくに草など生えずに 枯れ葉ばかりです。
年寄りは モミジのようすを見ながら、下の方から 少しづつ枝を落としてゆきました。  
切ってはながめ 切ってはながめ、最後に 地面にとどきそうな枝を切ると、 バサーッと音がして 残った枝がはね上がり、あたりが パッと 明るくなりました。 


◇◇◇



年寄りは 頭にかぶった手ぬぐいをとり、汗をふきながら 根元に腰をおろすと、

 「ホーレ これで楽になったべー」

といって、手ぬぐいを枝のあったところへ ヒョイとかけました。

山の下から 吹き上げてくる風が 気持ち良かったのでしょうか、
年寄りは おもわずウトウトと 眠ってしまいました。 


◇◇◇



しばらくして 風が冷たくなり、目をさました年寄りは いそいで山を下りはじめました。

  「おじいさん  おじいさん  忘れものだよ。」


どこかで 声がします。  そう、枝にかけた手ぬぐいです。
ドンドン遠くなるおじいさんに、手ぬぐいは いっしょうけんめい声をかけました。


 「おじいさん 忘れないで。 ボクを忘れないで。」


でも 手ぬぐいの声は おじいさんには聞こえません。とうとう見えなくなってしまいました。


 「アーアッ 置いていかれちゃった。 でも どうするんだろう。 家にかえったら 足を洗うんだろう…

お風呂に  はいったらどうするんだろう…」


手ぬぐいを忘れたおじいさんの心配を あれこれとしてみました。

でも、あたりが暗くなって 寒くなってくると、すこし心ぼそくなりはじめ、おじいさんのことよりも 自分のことの方が心配になってきました。


 「あしたは さがしに来てくれるかなー。来なかったら どうしよう。」


考えているうちに、だんだん悲しくなってきました。


 「ずいぶん長く 使ってもらったからなー. からだも薄くなってきたし、タバコのコゲ もついてるし。 前は まっ白でおじいさんが 両手でボクを 大きくふると、 パ ン・パンっていい音がしたのに、このごろ は ペタン・ペタンだものなー」 


◇◇◇



冷たい夜風が サーッと吹いて、 手ぬぐいは かかっていた枝から フワッとまいあがり、 ゆっくりと 枯れ葉のうえに広がって落ちました。
今夜は お月さまもなく、いつもきれいな 星も見えません。

 

 「アー ボクのこと  もう いらないのかなー。すこし黄色くなってきたし…」

 

思わず手ぬぐいは  涙をながしました。


◇◇◇



すると、今まで 手ぬぐいのことを だまって見ていたモミジが  静かに言いました。

 「大丈夫だよ。 おじいさんは きっとさがしに来るよ。また 君を 使ってくれるよ。私のことだって 気にして山へ  上がって来てくれた おじいさんだもの… 元気をだして。 ホラッ。  私は なにもしてあげられないけど…」 

と言って ギュッと目をつむり、ブルッと枝を ゆすると、葉の先から 緑のしずくが パタパタッ パタパタッ。

 手ぬぐいの上に いくつも落ちて、 小さな緑の水玉もようがたくさんできました。

 「どうだい。 すこしは 気分が変わったかい」

と、やさしく 言いました。 うすい黄色の上に 緑の水玉。 泣いていた手ぬぐいも ちょっと うれしくなって、

 

 「ありがとう。朝になったら おじいさんが  迎えに来てくれるかも知れないね。」
 
少し元気な声で モミジにお礼を言いました。


◇◇◇



しばらくすると、  ポツリ  ポツリ。 雨が降ってきました。
雨は だんだん強くなり、手ぬぐいにも バシャバシャとかかり、
モミジがくれた 水玉もようも にじんできました。
でも 夜なので はっきりとは見えません。

 

 「アー やっぱりだめかなー。 おじいさんは 
      こんな僕をみて、いらないと思うだろうなー…」

 

涙と雨で グショグショになった手ぬぐいは、泣きつかれて
いつのまにか 眠ってしまいました。 


◇◇◇



鳥が鳴いています。  お日さまが昇って ポカポカと 暖かい朝です。  ハッ となって 目をさました手ぬぐいは、急いであたりを 見まわしました。


 「おじいさんは 来てるかな…  だれか上がって来るかな…」


でも、聞こえるのは 鳥の声ばかり。 おじいさんの姿は どこにもありません。 手ぬぐいはガッカリして、また かなしくなってきました。

そんなときです。 なにかが手ぬぐいを 持ち上げているような感じがしました。

  「なんだろ。どうしたんだろう。」


手ぬぐいはビックリしました。 でも たしかに少しづつ 少しづつ 上にあがっています。 そして 小さな 小さな声が 聞こえてきました。
 「ウンショ、コラショ、 お日さま出たぞ。ウンショ、コラショ、 のびろや のびろ。」
そうなんです。 モミジの枝がなくなって、お日さまが あたるようになったので、枯葉の下で じっと待っていた草の芽が雨水を吸って、元気よく 伸びてきたからなんです。
 「ウンショ、コラショ、お日さま出たぞ。」
お日さまがあたり、あたたかくなってきた手ぬぐいは どんどんかわきはじめて、軽くなってきました。
 「ヨイショ、コラショ、風さん通れ。  ヨイショ、コラショ、のびろや のびろ。」
草が持ち上げてくれた 手ぬぐいの下を、朝の気持よい風がスースーと流れて、手ぬぐいは すっかりかわきました。 


◇◇◇



よく見ると、きのう モミジがくれた 緑のしずくのあとは、モミジの葉のような形になり、うすい黄色だったからだは しずくがひろがって、きれいな あさぎ色になっていました。

 その時です。下の方から だれかが上がってきました。
おじいさんです。

 「ホー  あった あった。 ここに忘れとったか。」
 「いや、でも違うかな。 こんなもようなど 無かったし、 色も 違うノー」

それを聞いて、手ぬぐいは あわてておじいさんに言いました。

 

 「ボクですよ。まちがいじゃありません。ボクですよ。」

 

でも、手ぬぐいの声は おじいさんには聞こえません。

 「これ これ。 このタバコのコゲは  たしかにワシのじゃ。 ワシ の手ぬぐい じゃ。」  
 「それにしても モミジのもようが  うつって きれいになったワイ。  きっと  山の 神さまが わるさ  したんじゃろう。ありがたい ありがたい。」


◇◇◇



 そう言って 手ぬぐいを首にかけ、山を下りはじめました。

 下から吹いてきた風に なびくように振り返った手ぬぐいは、

 

 「モミジさん、心づくしを ありがとう。草のみんなも ありがとう。」

 

と、お礼を言って、なんども なんども 手を振り、 おじいさんと うれしそうに 村へ帰って行きました。


ときがわホースケアガーデン物語「ロージィのおうちの文もおじさんが書いています。こちらもほのぼのと、 けなげなお話です …♪